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日本不動産ジャーナリスト会議の略史

 日本不動産ジャーナリスト会議は不動産や住宅問題を取材している一般紙や専門紙の新聞記者や雑誌記者が1989年9月に集まって作られた。最初の規約は9月26日に作られており、目的については「土地、住宅、都市などの問題について、オピニオンリーダー的な役割を担い、会員相互の資質の向上に寄与する」となっている。活動内容は「会員相互の研修及び懇談を中心にする」として、毎月1回の割合で勉強会を開いてきた。

 会員は25人でスタートした。世話役とし幹事を置き、7人の幹事が選ばれて、代表幹事には朝日新聞社の編集委員であった山見郁雄さんが選ばれた。第1回の勉強会は翌年の90年1月16日に霞山会館会議室で長谷川徳之輔・建設経済研究所常務理事(明海大学名誉教授)に「3年後に逆転するビル需給」というテーマで講演していただいた。12人の会員が出席した。第2回は同年2月7日に当時の大蔵省の尾崎護・主税局長に「土地住宅税制―平成2年度の改正と今後の課題」というテーマで話していただいた。

 こうした勉強会のほかに、東京湾で屋形船に乗って会員の懇親も図った。バブルの時代でもあったので東京湾沿岸にはビルが次々にできたこともあり、海上からウォーターフロントを視察した。

 バブルがはじけ始めたことから不動産協会と建設省と協力して「土地・住宅フォーラム」を4回にわたって行った。その後、ビル事業の不況が深刻化したことから、「ビル事業の現況と将来展望」というテーマでシンポジウムを行ったほか、このテーマで建設省の小野邦久・建設経済局長に講演をしていただいた。

 94年4月に山見代表幹事が死去したことから、本吉庸浩・朝日大学教授(元読売新聞社論説委員)が代表幹事に就任した。

 不動産不況になり、この対策をどうするか、ということで95年11月に本吉代表幹事の司会で、住宅金融公庫(現住宅金融支援機構)のすまい・るホールで「土地の流動化をどうすすめるか?」というテーマでシンポジウムを行った。

 10周年の99年7月には「不動産の流動化と証券化の現状と今後」というテーマで記念のシンポジウムを行った。南敬介・東京建物社長や田中啓一・日本大学教授、佐藤一雄サタス代表取締役などが出席した。

 都市の再生問題が政治経済問題になっていることから02年10月は「土地再生と人間居住」というシンポジウムを開いた。

 本吉代表幹事が病気のために、2004年6月の総会で経済ジャーナリストの阿部和義氏(元朝日新聞編集委員)が代表幹事に就任した。

 政治家、官僚、企業経営者、学者を招いての月に1回のペースで開いている勉強会も09年7月の金子一義国土交通大臣の講演で100回になった。

(2009年9月15日日本不動産ジャーナリスト会議設立20周年記念のパンフレットから)

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