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【会員コラム】リート型自治体への道/脱ゼネコン型ビジネスモデルへ御意見大募集

■■山下 努■■(2007-03-28)
 リゾート開発、簿外債務、債務保証、連結外し、債務免除……10年前の97年から始まったゼネコン破綻は、自治体の公共事業や自らの過剰投資で借金棒引きというモラルハザードを生み、破綻するゼネコンも急増した。それから10年、今度はゼネコンに工事を発注した乱脈経営の自治体が、ゼネコン破綻と同じ理由で経営危機に瀕している。客の来ないリゾート、乱開発を進めた公社公団への債務保証、国の「実質公債費比率」からもれた第三セクターなどへの債務保証や不良債権飛ばし等が徐々に表面化し始めてきた。金融再編と時価会計・連結会計が腐ったゼネコンをあぶり出したように、ようやく官の分野に迫ってきた会計革命やガバナンスを問う動きが「ゼネコン型自治体」を窮地に追い込むのが2007年だ。納税者の集めた金で都市基盤の整備をするなら、納税者の投資内容がガラス張りとなり、配当も見込めるリート型の自治体に転換すべきだ。
 本来、行政は、優秀な社会的なファンドマネージャーの役割を負っている。本来は、公的な社会資本がもたらす便益は、公正に、なるべく保守的に見積もらなければならない。国債は60年償還であるので、2世代先の納税者の権利を前倒しでつかって公共事業が行われているという世代会計的な認識も必要だ。そこには、景気対策といった意味ではなく、将来世代に対する配当と言う責任が存在するだろう。未来への投資ファンドとしての機能を担う行政にリートの仕組みをもっと導入できないであろうか。読者の皆様の知恵を借りたい。

 そのまえに問題自治体がなぜゼネコン型のビジネスモデルなのかを述べたい。

 バブル崩壊後の90年代、財政出動による景気低迷対策として、かつてない巨額の公共事業が毎年実施され、全国の地方自治体が「実行部隊」となった。さしずめ、指揮官は旧自治省、旧建設省で、元締めが旧大蔵省だった。ここでは個別の名指しは差し控えるが、問題自治体の末路を占えば、「トンネルが強いK組やダムが得意なH組型の自治体に近い」、「リゾートで暴走したS工業型自治体と似てきた」など、破綻に至る病状によって分別できる。過大な将来人口予測、工場誘致、リゾート需要、水需要を描いて、それにあぐらをかいて失敗したゼネコンと発注者がなぜ、似ているかはいうまでもあるまい。

 バブル崩壊によるリゾート需要急減と地価下落に苦しむ建設業を救済する意味も込められていた。しかし、90年代末には、こうしたゼネコン型企業を支えられなくなった銀行の淘汰と再編が進んだ。また、同時進行で貸出先のゼネコンなどが抱える問題を丸裸にする会計革命が進み、時価会計や減損会計、連結決算が当たり前の今の厳しい会計基準から見ると、決算を大粉飾していたゼネコンがあぶり出された。ゼネコンが子会社や孫会社、出資先に貸し付けた資金、そうしたグループ会社の信用力を補完するための本体の債務保証、グループ会社への不良資産、不良会社への「飛ばし」、簿価で著しく高く評価された虫食い地やゴルフ場などのゼネコンが抱えるリゾート施設などの存在が決算書からも伺い知れるようになったのだ。

 じつのところ、上記の構図は全くこれまでの自治体についても当てはまる。銀行を国や中央省庁と読み替えて見てほしい。ゼネコン本体は自治体に当たるのではないか。それなら、ゼネコンの子会社、孫会社、出資先は自治体の息のかかった公営企業、第三セクター、公社公団などに当たる。ただ、国が新たにつくった「実質公債費比率」などによる経営判断は、まだまだザルといえる。第三セクターなどが、この指標の対象外となっているからだ。市場を欺くような遅々とした指標改革も、会計革命に恐れをなして情報公開を渋っていたゼネコン業界と監督官庁の過去の軌跡と全く同じだ。三セクや公社の経営が悪化して債務の返済が難しくなると、自治体がその返済の責任を負うことになる。最も問題のある自治体の関連会社の「破綻」という時限爆弾を隠していることになるからだ。

 現在、自治体の破たん処理と、それに前後する借金の債務免除の仕掛け作りが総務省の音頭で進んでおり、地方に公共事業の予算を配るにしても、破綻寸前の自治体の面倒を視野に入れないわけにはいかない。自治体の「子会社」といえる公社や第3セクター会社は、近年経営破綻が目立ち、自治体が巨額な税金を投入して損を埋めたり、金融機関に債務免除を要請したりしている。

 こうした自治体の子会社、グループ会社の破綻処理の次にやってくるのが、自治体の破綻処理で、すでに、無理な公共投資がアダとなった夕張市は、国の管理下に置かれ、行政リストラが始まり、市民サービスも低下している。御承知の通りだ。

 総務省のまとめによると、05年3月末時点で、三セクや地方公社への自治体の貸付金の残高は計5兆円にのぼると言う。

 夕張のような状況を危惧される自治体は、全国各地にあるが、これまで問題自治体を「平成の大合併」と称して体力の残っている自治体に吸収させることで繕ってきた。合併促進のため、国からの予算や自治体の借金で特典を付けるという麻薬のような面があったので、合併前に駆け込みで公共事業をした自治体が続出した。

 今後の「合併症」が懸念されているが、90年代の景気対策としての公共事業のばらまきも、地方自治体の借金の大きな原因となった経緯が忘れられたかのようだ。公共投資を行う現場の自治体に対して、補助金や借金の金利や元本返済について、国が一部肩代わりなどをするもたれあいの構造は、地域振興のため、毎年、新たな事業を欲する中毒症状を植え付けてしまった。

 いよいよ道路や箱ものづくりで借金を重ねて地域に予算をばらまいて来た「ゼネコン型」の自治体は破たん処理され、借金を踏み倒す自治体が出てくる時代になるかもしれない。

 行政は、優秀な社会的なファンドマネージャーの役割を負っている。本来は、公的な社会資本がもたらす便益は、公正に、なるべく保守的に見積もらなければならない。社会投資ファンド(公共投資)の元手のひとつとなる国債は60年償還(実はこの点が致命的だが)であるので、2世代先(60年)の納税者の権利を前倒しでつかって公共事業が行われているという世代会計的な認識も必要だ。そこには、景気対策といった意味ではなく、将来世代に対する確実な配当(効用)と言う責任が存在するだろう。

 改めて訴えたい。未来への投資ファンドとしての機能を担う行政にリートの仕組みをもっと導入できないであろうか。読者の皆様の知恵を借りたい。
■■山下 努■■(2007-03-28)

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