日本不動産ジャーナリスト会議

日本不動産ジャーナリスト会議サイトへようこそ。

<< 依然として存在する、ユーザーに懐疑心抱かせる建売住宅(2004-12-02:住宅ジャーナリスト・斉藤良介) | 日本不動産ジャーナリスト会議 | 「マンションは管理を買え」って本当なんですか?(2005-02-09:住宅評論家(財)マンション管理センター主席研究員・村井忠夫) >>

住宅金融公庫の今後を決めるカギ(2005-01-17:(株)グローバル経済研究所代表取締役・高木利通)

長期固定、低利融資の恩恵
 夢のマイホームを持ちたい、と思っても肝心の手持ち資金が足りない。私にとってこの大きな悩みを解決してくれたのが、住宅金融公庫であった。
 私が家を取得したのは、20歳代後半の昭和38年。当時の給与証明書をみると、手取り月額は2万円強であった。借り入れ希望額は100万円弱。このころの住宅ローン金利は都市銀行で年8〜9%だった。ところが、住宅金融公庫は長期固定型で、年5.5%という低利だけに大きな魅力であったのである。

 保証人探しには苦労し、会社の上司に苦境を訴えて何とか認めてもらった。東京の板橋区に住んでいたので、区長から特別区民税納税証明書を発行してもらった。そのほか、公正証書正本、建物登記簿謄本、土地登記簿謄本、火災保険契約書、同委任状などをそろえて公庫に申請した。神にも祈る思いで待っていた融資認可の通知書を受け取ったとき、小躍りして喜んだことを今もはっきり覚えている。

 現在の金利水準は、デフレ経済からの脱却を図るため超低金利政策が実施されている。普通預金の金利は実質ゼロという状況下にあり、住宅ローン金利もかなり低めに抑えられているが、当時の公庫ローン金利5.5%を利用できた私の“選択”と“決断”に誤りがなかったことは、後になって明確に証明された。

持ち家制度の促進に大きく貢献

 住宅金融公庫が設立され、個人住宅、賃貸住宅融資制度がスタートしたのは、いまから55年前の昭和25年(1950)。私はその13年後に、公庫融資を手にしてマイホーム暮らしを始めたことになる。

 公庫設立から半世紀が過ぎた平成15年3月末までのデータによると、この間に公庫は戸数にして1909万戸に融資している。この数字は、戦後建てられた全住宅の約32%に相当する。また、融資契約の金額は180兆円に達している。そして、融資残高は67兆2000億円。契約件数は490万件。日本中の家庭のほぼ3世帯に1世帯が公庫融資を利用しているのが実状である。

 住宅金融公庫は、住宅を専門とするわが国唯一の政府系金融機関として、国民に対し、安心して持ち家をするという社会的使命と責任を果たしてきた証左である。

 持ち家制度の普及に対しては、多方面からいろいろな施策が講じられている。そうしたなかで、積極的な事業展開を続けてきた財団法人住宅金融普及協会の活躍も見逃せない。協会は設立以来、今日までの半世紀にわたって住宅金融に関する総合的な調査研究、情報の提供、さらに公庫の社会的使命の最大化を図るために努力してきた。こうした事業を通して、国民の持ち家制度の普及、進展に貢献しているのである。

持続可能な重要ポイント

 では、住宅金融公庫はこれからどうなるのか。これまで数多く存在してきた特殊法人には、政府の行政改革によって、統廃合、大幅縮小、あるいは民営化などの抜本策が講じられつつある。住宅関連では、集合住宅の建設で大きな役割を果たしてきた日本住宅公団は、幾度か名称を変えて平成16年7月から独立行政法人都市再生機構として再スタートをした。都市再生事業に特化し、持ち前の実力発揮を目指している。

 また、住宅金融公庫も平成19年3月までに、独立行政法人として生まれ変わる。これからは業務の中心を民間住宅ローンの証券化におき、その普及、拡大に注力する。民間金融機関と競争しながら共栄するという局面が多くなるであろう。

 独立行政法人に要求される重要ポイントは、次の4点である。
(1)“選択”と“集中”による業務の効率化、スリム化
(2)コスト意識の徹底、損益の明確化
(3)蓄積されて知識、ノウハウを武器とした新商品、新技術、新分野の開拓
そして、最も大切なことは、次の点の実現である。
(4)こうした一連の戦略、戦術を駆使して、消費者、利用者に対するメリット(顧客満足度)の最大化を図る

 あらゆる面で競争が激化するなかにあって、持続可能な発展を達成することができるかどうか――。公庫の事業が今後、盛衰するかどうかのカギは、ここにあるといっても過言ではなかろう。

この記事に対するコメント

管理者の承認待ちコメントです。
- | 2018/06/19 6:41 AM
コメントする















お問い合わせメールフォーム