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ワクワク、ドキドキ=来年の定年を控えて=(2005-12-16:時事通信社記者・尾野村祐治)

 私は今、ワクワク、ドキドキの心境で日々暮している。来年の定年を控えて、その後の人生設計を密かに楽しんでいるからだ。第二の人生は、サラリーマンという制約から解放され、子供の養育、住宅ローンの返済などからも解放される。これまで以上に自由な人生が待っているに違いないと、勝手に期待を膨らませている。
 私の親父は、広島県の造船所で定年を迎え、愛媛県の田舎に帰り、農業を始めた。元々、農家の長男だったからだ。農業収入は100万円未満だが、すでに私達子供は独立していたし、年金に加えて軍人恩給もあるので、生活には困ってはいない。会社勤めの時よりも早く目を覚まして、ミカン畑で農作業をしていた。

 すでに定年後、30年以上が経過し、90歳を越す高齢だが、ありがたいことに母と元気に二人暮らしを楽しんでいる。年に数回しか帰省しない私と道後温泉に出かけたりして、瀬戸内海の魚をつつきながらの晩酌を楽しみにしている。

 都合の悪いことを聞くと「聞こえん」「わしもボケた」「もう長くない」などを絶妙に使い分けて、私には「しっかりしろ」と気合を入れてくる。勝手、気ままもいいところで、一方的に私が負けてしまう晩酌だ。

 私もそんな領域に早く到達したいが、まだ30年もの年月が横たわっている。第二の人生も長いと覚悟する必要がありそうだ。人生設計は焦らないことだ。親父のようにじっくりと時間をかければよい。

 やりたいことはたくさんある。収入にこだわらなければ、まだまだ働く体力、気力はある。どこからか声が掛かるかも知れないし、就職先がなければ自分で会社を作ればよい。作る予定もある。頼まれて友人が経営する海外の小さな会社に出資もしている。暇なら手伝えとの誘いもある。ただ海外に出かけるのは言葉で不自由しそうで遠慮したい。

 何より、記者生活が染み付いて、日本が気になる。団塊の世代が定年を迎えれば、この国は激変するにちがいない。これまでも、この世代は日本を激変させてきた。地方からの人口移動で大都市の世帯数を激増させ、大都市周辺の地価を暴騰させた。住宅産業、マンション業界も飛躍的に発展させた。

 そんな世代が定年後、どんなに日本を変えるか、どのように首都圏を変貌させ、住宅環境を変えるのか。高みの見物を逃す手はない。問題は、どこから眺めるかだ。都心からか、郊外からか、農村からか。親父には悪いが、農村はなさそうだ。

 世間では、年金や医療面での不安を訴える論調も存在するが、そもそもの立脚点が間違っている。我々が積み立てた年金を受け取るのに遠慮は無用だが、年金にしても、医療制度にしても世界を見渡せば、日本は恵まれている。北朝鮮やアフガニスタンなどでの暮らしぶりを知るにつけ、日本の将来を嘆き悲しむことはない。

 近隣のアジアに出かけてみるとよい。現在、これらの国は高度成長をしているが、生活基盤、住宅環境は日本に遠く及ばない。そんな日本がこれからどんな住宅環境を整備するか、まさにワクワクものだ。

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